蕎麦

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ロッキーは蕎麦が好きですな。



ロッキーだけでなく、ロッキー家全員、蕎麦は大好物です。



特に香り高い秋の新蕎麦は、旬の野菜やキノコ、魚等の天ぷらの付け合わせと合わせた格別の美味しさが堪りません。



また、笊蕎麦や盛蕎麦を頂いた後の蕎麦湯も、大きな楽しみのひとつです。



ロッキー家のみならず、蕎麦は日本を代表する故郷の味覚です。



でも、この蕎麦について、ロッキーは少し不思議に思っている事があります。














蕎麦屋さんの系譜には、大きく分けて4つの流れがあります。



ひとつは有名な『藪』



その名の通り、蕎麦屋さんの『藪』の暖簾分けした系譜です。



そして二つ目が『更科』



蕎麦の実を、外側の黒い殻の部分が無くなるまで挽いて打った、白く雑味の少ない上品な蕎麦です。



そして三つ目は、日本各地の地方独特の食文化に根差した、いわゆる『田舎蕎麦』です。



藪蕎麦や更科蕎麦のような格式を持った路線にのらない、地方独特の方法で打たれ食されている昔ながらの地物の蕎麦です。



そして四つ目の『砂場』



安土桃山時代、豊臣秀吉が大坂城を築城した時に、その建材の砂置き場の前に人足の食需要をあてにして蕎麦屋が出店しました。



それが『砂場』の起こりです。



つまり大阪発祥の蕎麦屋さんなのです。



ん?



関西地方は、蕎麦ではなく『うどん』の食文化なのでは?



かの池波正太郎の『藤枝梅安』の中でも、大阪に匿われた小杉十五郎が店に入り



「そばは無いのか?」



「へえ、うちはうどんだけです」



「ならばいらぬ」



と、店を出る下りがあります。



結局、小杉十五郎は蕎麦に代表される江戸(関東)の味恋しさに江戸に戻ってしまうのです。



大阪には蕎麦の食文化は無く、代わりにうどんの文化が発達した(お好み焼きやタコ焼きなど、粉物文化は太平洋戦争後の混乱期に生まれており、この時代には無い)と、当然のように知識として覚えているのですが。



本当は大阪には、安土桃山時代の大坂城築城時から続く『砂場』の蕎麦が暖簾分けして広まっているはずなのです。








なぜ?









恐らく調べれば分かってしまうのですが、面白い題材なので誰かに教えてもらいたくて、疑問のまま棚上げしているロッキーなのですが。



誰か教えてくれないかな〜

咳が辛いね

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夜中、度々ケホッケホッと咳込みます。



その度に背中を摩り、トントンと叩いてあげますが、なかなか収まりません



人間でも咳が続けば体力を消耗するのに、体重6kgのシュナ、しかも高齢となれば、その疲労は激しいものがあります。



目に見えて衰えてきたシュナ。



せめて、咳だけでも止めてあげられれば、ずいぶん楽になるのですが。



心配で、入れ代わり立ち代わり、話し掛けて背中を摩っているロッキー家の三人。



後ろ髪を引かれる思いの出勤・登校でした。

冷たい雨の朝

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関東地方各地で雪となった28日。



つくば地域は雪こそ降らなかったものの、冷たい雨の朝になりました。



ふと見ると、娘の手に手袋がありません。



「お父さんの手袋していきな」



「いいんだ、いつもしないから」



「かじかんじゃうよ」



「慣れてるから大丈夫」



「無理しないんだよ」



「行ってきます」



「行ってらっしゃい」



なかなか頑固になってきた娘。



頑固に生きると言うことは、時折哀しみを伴うと言うことを話してあげようと思った朝でした。